歯科医院における本音と建前とは
「本音」と「建前」という言葉は対称的なワードとしてよく用いられます。特に日本人というのは「忖度」という言葉が流行したように建前や雰囲気などの表面的な部分を大事にする人種なのかなと思っています。
ただ高度情報化社会を迎えた今、建前だけでは生きにくい社会になってきました。前号でも述べたように、高度情報化社会ではいろいろなものが記録に残るし、情報の伝達が早すぎるので、昔は知りえなかった情報が簡単にリークするようになってきました。昔はなんとなく嘘をついてごまかせていたことがばれるようになってきました。それでも歯科医院においてはまだまだ建前が横行しております。
歯科医院を開業して、いろんな壁にぶつかり、乗り越え、経験値をアップさせてきました。歯医者も人気商売ですから、人気が出ないと駄目です。人気を出すことと、よい治療をすることや正直に対応していくことが必ずしもリンクしていかない場合があるということを学びました。とにかく歯の治療っていうのは患者さんには何をされているか全く分かりません。なにせ見えないんですから。そうであれば患者さんはどのように歯医者の良し悪しを決めるのか。
それはもう病院の雰囲気がいい、先生が優しい、早く終わってくれる、話をよく聞いてくれる、そのようなレベルで決まります。少なくとも治療のレベルでは決まりません。馬鹿正直に治療したり、発言したりするより、なるべく症状が出ないように治療したり、うまくその場を取り繕ったりした方が人気が出るという訳です。本音より建前が大事というやつですね。
歯科医院で見られる本音と建前に実態について
例えば歯の予防の話。今でこそ予防が重要視されるようになってきましたが、かつてはそうではなかった。なぜでしょうか。予防というのは日々のセルフメンテナンスや継続的な歯科医院でのメンテナンスのことを指します。つまり地道なことを続ければ20年後、30年後いいことがあるよという話。今年1年頑張って予防したからといって歯の健康が約束される訳ではありません。多くの人が毎日をあくせく生きているのにそんな未来のことを考えて行動するでしょうか?普通はしません。そんなことより多くの人はもっと目先のことを考えてますよ。そういう意味で予防というのは本当にありがたみを感じにくい。
そのような常識が蔓延る日本社会において、歯科医が「予防が大事だからやっていきましょう」なんて率先して言ってくれるでしょうか。まあ言ってくれないでしょう。しかもほとんどの患者さんが数十年後に自分の病院に来てくれているか分からないのにその人の未来を考えて一人ずつ懇切丁寧に予防の必要性を語ってくれる歯科医なんて皆無でしょう。
しかしながら予防の重要性を理解してくれそうな患者さんには予防を勧めてくれるでしょう。それはどのような人かと言いますと「お口の中が健康ではない人」です。イメージしやすいところで言うと、ご高齢の方で歯もたくさん抜いて入れ歯になっている方です。一度健康ではない状態を経験している人には、予防の話は心に届きやすい。実体験は、理解のハードルを下げてくれます。
歯が痛くなって来院してもらえると、患者さんを満足させるのが容易い。痛い状態を痛くない状態にしてあげることができれば、それは皆さんありがたみを感じます。これは本当にわかりやすい。困っていることを解決してくれる人ほどありがたい人はいませんよね。予防だって本当は健康を維持できているからありがたいはずなんですが、”今ある当たり前の状態”っていうのは得てしてありがたみを感じないですよ、普通は。痛くなった後に来院をすれば、大掛かりな治療になって、その都度歯の寿命が縮まっているんですが、そこに多くの患者さんはなかなか気づけません。
ウクライナで戦争が起こる前、日本の平和な状態に心底ありがたみを感じている人はどれくらいいたでしょうか。まあ少ないでしょうね。実際ウクライナで戦争が起こって、どうでしょうか。平和のありがたみに気づいた人も多かったのではないでしょうか。歯も一緒。歯がなくなったら歯の大切さに気付きます。無くなった後に気づいても時すでに遅しですが。
親知らずって抜いた方がいいの?
また親知らずを抜く抜かないといった話も同様です。親知らずを抜くこともケースによりますが、多くの場合は抜いたほうがいいのですが建前と本音が入り乱れています。
まず第一に親知らずを抜くのは(特に埋まったもの)けっこう大変で先生がつきっきりでやらなければならないということ。外科的な治療は慣れていないとトラブルが起こりやすく、敬遠されがちな処置です。それに加え抜歯に手が取られると他の患者さんが診れなくなるし、予定通り終わらないと次の予約の患者さんを待たせてしまう。ますます歯医者としては進んでやろうとは思わないですね。
そして第二にメリットを感じにくい処置であるということ。痛みがある場合は別ですよ。痛みがあり抜かないと治らないですよという理屈なら患者さんは首を縦に振ります。しかしながら「将来的に痛みが出てからだと手前の歯がダメになったり、抜いた部分の骨の再生が不十分になったりするので、痛くなる前に抜く必要があります。」という理屈はなかなか理解しにくい。痛くなる前に抜歯をすることに対して患者さんの同意を得ることが難しいのです。
まあ気持ちはわかります。痛くもかゆくもないのに何で抜かなきゃならないの?っていうのはその通り。しかも特に下の親知らずを抜くと腫れと痛みがかなり出ることが多い。ただ「将来的に問題を起こす可能性が高いので」ということを理解、納得してもらえるかどうか。これは先ほど話した予防のときと一緒の考え方ですね。今は困っていないけど未来のためにやりませんか?って話はなかなか人間すっと耳に入ってこない。
そういう訳で率先して歯を抜こうという歯医者は少ないのです。歯医者は人気商売。下手に手を付けて、時間かけたり、痛い思いをさせて評判が下がるくらいなら、手を付けないでおいた方がよっぽどいい訳です。向こう(患者さん)から言ってきたらしめしめです。相手が望んでやったという事実は何かあっても責任がかなり半減する訳で何よりも後押しになりますから。
実体験なしの壁を取っ払えるか
以上「予防」「親知らずの抜歯」を題材に「本音と建前」について話を進めてきましたが、みなさんどう感じたでしょうか。
まあこのことは歯科医院だけにとどまらず社会全般に共通の話だと思います。子供に未来を語ることと一緒です。子供から「なんで勉強をしなければならないの?」って聞かれたら子供が納得できる説明ができますか?大人になれば勉強も多少なりとも役に立つもんなんだなと実感できますが、それは大人が一通りいろんなことを経験したから言えるのです。実体験はすごいんです。
予防をせずに歯が悪くなった人、親知らずを放置して手前の歯までダメになった人、このような人は予防や親知らず抜歯の必要性を簡単に理解してくれます。経験したことのない方、特に若者っていうのはまあ人の話を聞かないもんです。人の話を聞かないと言う点では僕も若いころはひどかったなぁ(笑)
ただここで諦める訳にはいかないので解決策を見出さなければなりません。それは”みんながやっている”という状態を目指すしかありません。家族が友人がその辺の知り合いがみんな予防で歯医者に通っている、若いうちに親知らずを抜いている、そうなればみんなやるんです。近年予防が流行り始めたのもみんなが何となく必要かなと思い始めた”社会の空気感”が要因と思います。特に日本人は「空気読めよ!」と言う言葉がある通り空気に敏感です。良いことは理屈ではなくそのような”空気”を作っていきましょう。
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